このページでは、2017年1月に実施された都立日比谷高校推薦入試の小論文を解説します。
なお、事前に星進会の「教科別日比谷高校合格メソッド・小論文を読んで頂くと、以下の解説がスムーズに読み進められると思います。
こちらのページです。↓
また、ここで解説している問題は、日比谷高校のホームページで手に入れることができます。
http://www.hibiya-h.metro.tokyo.jp/SelectedEntrants/TestTheme.html
まだお持ちでない方は、このURLから入手し、一度自分の力で解いてみてから解説を読むことをオススメします。
小論文の解説では、知識・発想・文章について日比谷高校受験生のレベルに合わせることを意識しました。
つまり、この解説を読んだ日比谷高校受験生に「こんなこと知らないよ」「こんな発想できないよ」「こんな文章書けないよ」とは思わせないような内容にしたということです。
そうするとことで、この解説を読んだ皆さんが日比谷高校の推薦入試を受験する当日に実践できる「知識の活用法」「発想法」「文章作成法」を身につけられるはずです。
では、解説を始めます。
今回は珍しく問1・問2に分かれていませんね。
問
日比谷高校の小論文を解くときは、まずはじめに設問の条件をしっかり確認しましょう。
・自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国、社会民主主義的福祉国家のスウェーデン、保守主義的福祉国家のフランスを取り上げる
・図1、図2の表す内容に触れる
・福祉レジーム論による3類型を参考にする
・これからの日本の社会保障の負担と給付のバランスをどうすべきかの考えを述べる
・540~600字で述べる
今回の条件はこのようになっています。
1つずつ確認していきましょう。
自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国、社会民主主義的福祉国家のスウェーデン、保守主義的福祉国家のフランスを取り上げる
今回、この3国を扱うわけですが何か使える事前知識は持っているでしょうか?
実は、都立高校入試社会の大問3では、「北欧は社会保障が手厚い」が正答にたどりつくための重要な知識になることが多いです。
今回の日比谷高校小論文の問題では、「北欧=社会保障が手厚い」は問題文で与えられています。
しかし、それに関する補足・解説の内容は今回の小論文を書くにあたって役に立つかもしれません。
公民分野の政府の役割として社会保障について学ぶ章で次のようなことを習っているはずです。
・高福祉高負担:社会保障を手厚くするかわりに国民の税金などの負担を重くすること。
税金などを重くすると経済成長が難しくなりやすいが、北欧の各国は福祉の一環として労働者への就職支援を手厚くすることで経済成長を実現している。また、国民は社会保障の恩恵を実感しているため重い負担を受け入れている。
・低福祉低負担:社会保障を手薄にするかわりに国民の税金などの負担は軽くすること。人々は民間企業の保険に加入し、自己責任での対応が求められる。
といった内容です。
もっとも、今回の小論文では日比谷高校側が与えてくれている情報が多いので上記の内容を知識として持っている必要はあまりありません。
しかし、
・重い負担を受け入れるには社会保障の恩恵を実感することが必要
・そのためには、老人などへの年金支給だけではなく現役世代である労働者にも福祉を施さなくてはならない
などの知識・情報は図から読み取った情報を「解釈」して自分の考えを形成する際に役に立ちます。
図から読み取った情報を「解釈」するとは、読み取った数値が多いと考えるのか少ないと考えるのか、そう考えるときの基準を何にするのかといったことです。
図1、図2の表す内容に触れる
図1
・ジニ係数によると、日本は4か国中2番目に社会における所得分配が不平等である
⇒所得分配は不平等なほうであるといえる。
・所得格差が「大きすぎると思う」「どちらかといえば大きすぎると思う」と答えている人の割合は4か国中3番目
⇒実際に生じている不平等に比べ、それを実感している人は少ないといえる。
ちなみに、所得格差を最も強く認識しているのはフランスです。
これは、枠内の文章の「職業的地位による格差が維持されている」が原因と考えられます。(与えられた情報から推理するしかないと考えると、そうなります。)
※「~すぎる」は否定的な意味を持っており、不満を抱いているなどのニュアンスを表しています。
図2
・所得の格差解消は「政府の責任だと思う」「どちらかといえばそう思う」とする人の割合は、4か国中3番目(約半数)
・所得の格差解消は「政府の責任だと思わない」「どちらかといえばそう思わない」 とする人の割合も4か国中3番目(約18%)
・「どちらともいえない」「わからない」とする人の割合が4か国の中で最も多い。(約30%)
ありえる解釈
・政府の責任だと思っている人が最も多く、およそ半数⇒政府がもっと役割を果たすべき(社会保障を手厚くするべき)
・政府の責任だと思っていない人も半数近くいる⇒これ以上負担を増やして高福祉を追求するべきではない
どちらでもいけそうです。
どっちでいくべきかは他の図から読み取った情報で決めるのが良さそうです。
何の根拠もなく、なんとなくでどちらかにしないように!日比谷高校の小論文は論理的に解くことが重要です。
「論理的って何ですか?」となった人は、それを解説した下記ページを見ておいてくださいね。
https://hibiya-goukaku.com/method/japanese/
ちなみに、最も「政府の責任だ!」と思っている人の割合が高いのはフランスです。
これも、 「職業的地位による格差が維持されている」が原因と考えられます。
図1と図2
図1、図2のそれぞれからは情報を読み取りました。
どちらからもあまり極端な情報(他の国と比べて圧倒的に多い、圧倒的に少ないなどの情報)を得ることができませんでした。
こういう場合、図と図を比較して新たな情報を読み取ったり解釈を形成していく必要があります。
・図1のジニ係数より、日本では不平等自体は他国より発生している(統計数値=事実)
⇒他国と比べて所得格差の実感はあまりない(それでも70%超の人が「所得格差が大きすぎる」という意見をもっている)
所得格差の責任が政府にあると思っている人はおよそ半分
⇒「所得格差が大きすぎる」と思っている人のおよそ30%はその責任が政府にあるとは思っていない。
((70-50)÷70≒0.3)
私はこのような解釈を形成しました。
他国との比較を重視した解釈です。
他国との比較を重視しない場合、「70%は多い」⇒「格差を解消すべき」⇒「そして半数の人は政府に責任があると思っている!」という解釈も可能です。
どちらの可能性もあるデータを与えたのも、日比谷高校の作戦かもしれません。
福祉レジーム論による3類型を参考にする
枠内の文章を読み、ポイントをまとめていきましょう。
読みづらい、書いてあることが難しいと感じた人が多いのではないでしょうか。
公民の前提知識を、用語の丸暗記でないかたちで、つまり理解して実生活に落とし込んだかたちで持っておかないとこの文章を理解しながら読むことは難しいと思います。
自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国 | 自己責任、自助努力が重視される ⇒必要最低限の社会保障が低所得者に一時的に与えられる 経済や自由競争で高い成長率を実現する必要がある |
社会民主主義的福祉国家のスウェーデン | 社会保障が充実している 現物給付が多い 現役世代への給付も厚い |
保守主義的福祉国家のフランス | 国家の役割は補完的である(宗教、家族、封建的な職域が中心) 現金給付が中心 高齢者向け給付が多い 職業的地位による格差が生じる |
こういったかたちになります。
日本の現状が情報として与えられていないところがこの問題の厄介なところでもあり、書く内容の自由度を高めているところでもあります。
これからの日本の社会保障の負担と給付のバランスをどうすべきかの考えを述べる
ということで、設問条件に登場する内容すべてにコメントをしました。
いつもなら、これで「じゃあ、自分の考えを形成して文章にしていきましょう。」となります。
しかし、今回はまだ触れていないデータがあります。
そう、図3です。
問題文のうち、小論文の条件をしていている箇所には、「図3を参考にして」といった指定が一切ありません。
かといって、小論文を書くことにまったく無関係な情報を日比谷高校がわざわざ与えてくるとは思えません。
考えられることとしては、「図3は、図1または図2の解釈を決定するために存在している。」です。
さきほど、図2の解釈は1つに決まらないという話をしました。
それを決めるのが図3の役割だろうと考えることができます。
図3には何が書いてあるのでしょうか。
絶対に必要な予備知識
図3を読み解くにあたって絶対に必要な予備知識があります。
図3にも書いてはあるのですが、知識がないと見落としてしまったりさほど重要ではないと考えてしまったりする可能性があるので強調して伝えておきます。
それは、
日本政府は少子高齢化の影響で現役世代の負担が急増しており、税と社会保障のバランスを見直さなければならなくなっている。
です。
2019年10月には、社会保障を維持するためとして、消費税の増税(税率を10%へ変更した)などを行っています。
つまり、負担を増やして社会保障をなんとか維持しようとしているわけですね。
それについても知っておきたいです。
図3
・「自助努力」すべき(アメリカ型でいくべき。負担を減らしてほしい)⇒14.4%
・「高福祉・高負担」でいくべき(スウェーデン型でいくべき。負担は大きく増えても良い)⇒3.2%
⇒スウェーデン型を志向する人の割合は、アメリカ型を志向する人の割合の四分の一ですね。
「『スウェーデン型でいくべき』とと書くのはちょっと危険かもな…」と考えるには十分な情報です。
・「負担をこれ以上増やすべきではない」(社会保障の水準は下がっても良い)⇒24.8%
・「社会保障の給付水準を保つべき」(負担の増加はやむを得ない)⇒46.5%
⇒社会保障維持のためには、ある程度の負担の増加はやむを得ない、と考えている人が最も多いですね。
政府が、消費税増税をして社会保障維持に動くのも納得です。
これら4つの意見を2つに分けると、
・「社会保障の給付水準は下がってもよい」⇒40%
・「社会保障の給付水準は維持・向上させるべき」⇒50%
となります。
これをみると、「社会保障の給付水準を減らす方向での小論文は避けたほうが良さそうだ」となりますね。
ここまでをまとめると、
・スウェーデン型は避ける
・社会保障の給付水準ダウンも避ける
⇒「ある程度負担を増加させて社会保障の給付水準を保つべきだ!」と書いておけば良い!
(そのために図1で「格差が大きすぎる」と、図2で「半数以上の人が政府の責任だと答えている」と解釈する。)
というのが無難なように思えます。
しかし、私は今回その方針では書きません。
理由
・「図3を参考にして」とは書いてないので、図3で読み取った内容を根拠の中心にはしづらい
・「社会保障の給付水準を保った」場合の日本はおそらく極端な高福祉でも低福祉でもない
⇒とすると、「中福祉中負担」のフランスに近づけると主張するしかないのだが、図1、図2から国民が最も現状に対して不満を抱いているのはフランスであり、この方針では書きたくない
の2つです。
よって、別の方針を模索することにしました。
そのために、図3を図2と関連させます。
図2と図3
図2:「所得格差は政府の責任ではない」(=「自己責任である」)⇒18%
図3:「社会保障の水準は下がっても良い」(=負担を増やしてほしくない)⇒40%
この2つと、事前知識のうち「少子高齢化の影響で現役世代の負担が急増している」を考慮して
「日本には所得格差は政府の責任ではないと思っている、またはどちらかといえばそう思っている人の割合は18%である。つまり、自己責任で対応すべきだと考えている人は18%しかいない。にもかかわらず、少子高齢化により現役世代の負担が大きくなっていることから、その2倍以上の割合の人が『これ以上の負担は容認できない』と考えている。こうした現状を考慮して、現役世代の負担増を避ける方向で進めるべきである。」としたいです。
以上を踏まえて書いてみます。
私は、これからの日本は社会保障の負担を増やすことを避けてそれに伴った給付減少をしていくべきだと考える。図1によると、ジニ係数が4か国中最大の自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国が自国の所得格差に不満を抱いている人の割合が小さく、日本も格差の割にそれを実感している人の割合は小さい。また、保守主義的福祉国家であるフランスが最も所得格差に不満を抱いている人の割合が大きいことがわかる。図2によると、アメリカ合衆国では所得の格差は政府の責任ではないと答えた人が、社会民主主義的福祉国家であるスウェーデンでは所得の格差は政府の責任だと答えた人が過半数であり、多数派の考えと国家の方針が一致している。一方、フランスでは国家の役割はあまり大きくないにも関わらず75%以上の人々が所得の格差は政府の責任だと答えており、職業的地位による格差に対する不満が大きいと考えられる。日本では、政府の責任だと答える人が過半数である一方、どちらともいえないとする人が多いのも特徴的である。そうしたなかで、図3から、日本人の約4割が負担の増加を避けたいと考えていることがわかる。つまり低福祉の容認である。これは、少子高齢化による現役世代の負担の増加に耐えられない人が増えているためであると考えられる。なぜならば、図2によると所得の格差は政府の責任でないと考えている人は18%ほどしかおらず、その倍以上の割合の人が負担の増加を容認できていないからである。このことを重く受け止め、負担増は避けるべきである。自ずと給付は減らしていくことになる。(654字)
540~600字で述べる
字数を気にせず書いた結果、上記のようになりました。
ここから54字減らさねばなりません。
減らしていきましょう。
小論文の中身をなるべく薄くしたくないので、文末表現などを中心に削っていきます。
私は、これからの日本は社会保障の負担をは増やさずすことを避けてそれに伴った給付減少をしていくすべきだと考える。図1によると、ジニ係数が4か国中最大の自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国が自国の所得格差に不満を抱いているく人の割合が小さく、日本も格差の割にそれを実感している人の割合は小さい同様の傾向である。また、保守主義的福祉国家であるフランスが最も所得格差に不満を抱いているく人の割合が大きいことがわかる。図2によると、アメリカ合衆国では所得の格差は政府の責任ではないと答えた人が、社会民主主義的福祉国家であるスウェーデンでは所得の格差は政府の責任だと答えた人が過半数であり、多数派の考えと国家の方針が一致している。一方、フランスでは国家の役割はあまり大きくないにも関わらず75%以上の人々が所得の格差は政府の責任だと答えており、職業的地位による格差に対する不満が大きいと考えられる。日本では、政府の責任だと答える人が過半数なである一方、どちらともいえないとする人が多いのも特徴的である。そうしたなかで、図3から、日本人の約4割が負担の増加を避けたいと考えていることがわかる。つまり低福祉の容認である。これは、少子高齢化による現役世代の負担の増加に耐えられない人が増えているためであると考えられる。なぜならば、図2によると所得の格差は政府の責任でないと考えている人は18%ほどしかおらず、その倍以上の割合の人が負担の増加を容認できしていないからである。このことを重く受け止め、負担増は避けるべきである。自ずと給付は減らしていくことになる。
このように削ってみました。
削った部分を削除して読みやすくしたものが下記の文章です。
私は、これからの日本は社会保障の負担は増やさずそれに伴った給付減少をすべきと考える。図1によると、ジニ係数が4か国中最大の自由主義的福祉国家のアメリカ合衆国が自国の所得格差に不満を抱く人の割合が小さく、日本も同様の傾向である。また、保守主義的福祉国家フランスが最も所得格差に不満を抱く人の割合が大きい。図2によると、アメリカ合衆国では所得の格差は政府の責任ではないと答えた人が、社会民主主義的福祉国家であるスウェーデンでは所得の格差は政府の責任だと答えた人が過半数であり、多数派の考えと国家の方針が一致している。一方、フランスでは国家の役割はあまり大きくないにも関わらず75%以上の人々が所得の格差は政府の責任だと答えており、職業的地位による格差に対する不満が大きいと考えられる。日本では、政府の責任だと答える人が過半数な一方、どちらともいえないとする人が多いのも特徴的である。そうしたなかで、図3から、日本人の約4割が負担の増加を避けたいことがわかる。これは、少子高齢化による現役世代の負担の増加に耐えられない人が増えているためであると考えられる。なぜならば、図2によると所得の格差は政府の責任でないと考えている人は18%ほどしかおらず、その倍以上の割合の人が負担の増加を容認していないからである。このことを重く受け止め、負担増は避けるべきである。自ずと給付は減らしていくことになる。 (596字)
今回はこれを解答例とします。
感想
今回、日比谷高校は我が国最大の課題を出題してきました。
最大の課題ということはまだ答えが出ていない問いであるということであるため、内容による減点はなくどのような考えを書いてもその論拠がしっかりしていれば高い得点が与えられたのではないでしょうか。
中学範囲を超えた知識があるとまた小論文の内容が変わってきそうな問題でしたが、今回は中学社会の範囲の知識と与えられた情報から導き出せる結論にこだわる(それ以上のことには言及しない)ことにこだわりました。
したがって、社会保障について中学範囲を超えて勉強している日比谷高校受験生であればまた別のアプローチが可能となる問題です。もちろんそれも歓迎されるはずです。(設問で指定されている条件を満たしていればですが。)
この年、そして2年後と「政策」に関するテーマが出題されていることが日比谷高校の小論文の1つの出題傾向を示していますね。
今回は以上です!